『愛憎』〈吉原裏同心15〉 | 手当たり次第の本棚

『愛憎』〈吉原裏同心15〉


今回はまだ物語の節目にあたるのか、新たな敵がようやく姿を見せ始めた、そういうところだ。
したがって、いまだ正体はなんともわからないのだが、得体の知れない魑魅魍魎のようなものが登場したのは、これから先、どういう経緯なのかあかされていくのだろう。

新たな要素というと、江戸相撲がかかわってきていることか。
どうやら今シーズンでは相撲と力士の世界に交わっていく事が決定のもよう。
魑魅魍魎の他、薄墨太夫の前身とかかわりのある人間の敵も登場するが、これもまた、背後関係はほとんど明らかになっていない。
なにやら、長崎や異人も登場してくる気配だが、現時点では黒幕がさだかではない。
まあ、魑魅魍魎を含め、先の展開を楽しみにというあたり。

一方、仙右衛門が「いよいよ」年貢の納め時を迎えた。
佐伯泰英は祝言のような晴れがましい行事は演出はなやかに描いてくれるのだが、残念ながら、主人公ではないからか、その部分がちょっと抑えめだ。
とはいえ、常連キャラクターがまたひとり人生の節目を迎えたわけ。
また、吉原に憧れる少年も一人ではなくなって、ちょっとほほえましい。

さて、本巻では吉原と深川の対立が新たに浮き彫りになったのだけど、やはり吉原というのは、格別なのだなあ、と感じさせられる。
本巻では、深川情緒にも格別なものがあるという描写がなあsれているが、そこでも比較される、吉原が「塀に囲まれた特別な場所」であることは、江戸では他がまねできないことだ。
なぜなら、江戸の郊外に、塀でかこわれた場所を作ることで、日常とは全く切り離された世界を創り上げているからだ。
現代でいうと、たとえばディズニーランド。
料金を支払って入場する、かこわれた「ランド」の中では、日常とは全く違う、ディズニーの世界だけが展開されている、単なる遊園地ではなく、そこにいる間だけは、入場者が、ディズニーの住人になれる。
子供も入れる場所ではなく、男のためだけの遊里という違いはあるが、吉原もまさしく、日常とは全く異なる「吉原のことは吉原だけのこと」という、夢の世界を創り上げているのだ。

男にとってはそもそも謎めいている女の世界。
華やかであり、夢のようであり、また、その底には遊女たちが身売りされてきたものであるというような、暗さやはかなさを秘めている。
単なる華やかな世界というだけではないがための魅力。
だからこそ日常を忘れる事ができ、ひとときの夢にひたることもできるのかもしれない、そういう雰囲気と、そこへの憧れが、吉原の花魁にあこがれる少年のうえに見る事ができるのだと思われる。


愛憎: 吉原裏同心(十五) (光文社文庫)/佐伯 泰英
2011年10月20日初版