『黒竜戦史 1~8』〈時の車輪6〉 | 手当たり次第の本棚

『黒竜戦史 1~8』〈時の車輪6〉



ランド・アル=ソアが、ティア、ケーリエン、アンドールの三王国を掌中にし、一方で異能者(アエズ・セダーイ)が二つに分裂し、アイール人も二つに割れている状態となった中盤は、舞台となる範囲が広すぎるためか、なんとなく冗漫な印象を受ける。
どのキャラクターに視点をもっていくかにより、ケーリエン、シームリン(アンドール)、白い塔のあるタール・ヴァロン、分派した異能者が集まるサリダールに加え、エレインたちが向かうエバウ・ダー(アラフェル王国)までめまぐるしく場面が変わってしまう。
もちろん、登場人物はそれぞれ、別々に動いている!

まあ、このあたりは、大河小説の醍醐味という事ができるだろう。
とはいえ、渦の中心は基本的にランド・アル=ソアと、エグウェーンのままだ。


まず、エグウェーンはここで大きな転換点を迎える。
アイール人賢者のもとでの、夢見人の修行は半ばなのだが、サリダールに召還され、アミルリン位につくことになるからだ。
物語の中で述べられていくとおり、エグウェーンの絶対力が強いこと、だけではなく、竜王の再来であるランド・アル=ソアと同じ村の出身である事なども大きくものを言うほか、非常に若いというのも選ばれたポイント。
つまり、三派の異能者が対立しているサリダールで、どの派からもアミルリン位を出す事はできず、エグウェーンほど若ければ、容易に傀儡にできるという判断なわけだ。
従って、アミルリン位になっても、エグウェーンは「あたかも修練生であるかのように」有力者からは見られてしまうし、自分が操り人形だとみなされている事を、彼女は最初から自覚している。
このなかで、いかに真のアミルリン位になるかというのがエグウェーンの課題であり、彼女の戦いはまさにここから始まる。
この戦い、最新刊で一応の決着をみるわけだけど、そう思うと、ずいぶん長い戦いになるわけだ。
ランド・アル=ソアと比べても、彼女の戦いは常に人間が相手であり、そのために最も人間的に成長する事ができたのではないかと思われる。

一方、ランド・アル=ソアは、貴族を相手に政治の世界で戦うところから、今度は異能者を相手にしなければならなくなるというのが、ここ。
白い塔からも、サリダールからも、使節が派遣されてくるが、そもそも異能者は、絶対力を使える男に敵対しがちだし、あからさまに、竜王の再来を自分の手におさめようとしている。
とくに、赤アジャを警戒するのは男にとってあたりまえ。
しかも、シームリン郊外に、絶対力を使える男を集めているという問題もある。
指導者として任命したマツリム・テイムも信用するのは難しい。
つまり、主人公は自分の中にあるゼタ知力(そして竜王テラモン)だけでなく、多様な絶対力の使い手とも向き合わなくてはならなくなっている。

凄惨な決着が、デュマイの泉の戦いという形でつけられることになるけれども、これは、全界の崩壊以来、おそらくはじめて、絶対力が戦場で「相互に」使われた戦いのはずだ。
(一方的なものなら、すでにショーンチャン人が使っている)。
しかも、マツリム・テイムに率いられた絶対力を使う男、アシャ・マンの恐ろしさを際立たせるものでもある。
この聖竜士(アシャ・マン)が登場する事が、異能者(アエズ・セダーイ)の一方的な支配性を弱める、大きな一因となっているところは見逃せない。
実際、ランド・アル=ソアが異能者を、ある意味力ずくでおさえつけるようになるのは、この戦いに至る経緯が原因となるからだ。

ところで、時の車輪の世界は、ひとつの謎がある。
物語でしきりに言及される闇王、ここでも冒頭からあることを行うし、人格をもつ超越者として扱われ、かつ登場するが、これに対応する「創造主」がどのようなものなのか、全くわからないのだ。
闇王は、創造主に刃向かったものらしいけれども、創造主に人格があるようには描かれていない。
人々は、神をよぶかわりに「光」を用いるが、これもとくに人格があるようではない。
それどころか、教会や寺院もなければ、聖職者もおらず、決まった祈祷の言葉らしきものもない。
つまり、宗教らしいものがそこにはない。
(まあそのわりに、光の子らという集団のみ、存在するんだけど)。
ある意味、人々の意識の中にあるのは、悪の中心としての闇王であって、これに対抗するという形でしか、宗教活動的なものがないのだ。
であるにもかかわらず、闇王自体は、「創造主」に対抗するものと設定されてるんだよなあ。
なぜこういう、不思議な構造になっているのか、最後には解き明かされるのだろうか。
あるいは、光の子らや、異能者の中にも、多くの闇の信徒が存在するのは、この不思議な構造の影響なのかもしれない。


黒竜戦史〈1〉偽の竜王―「時の車輪」シリーズ第6部 (ハヤカワ文庫FT)/ロバート ジョーダン
黒竜戦史〈2〉闇の密議―「時の車輪」シリーズ第6部 (ハヤカワ文庫FT)/ロバート ジョーダン
黒竜戦史〈3〉白マントの野望―「時の車輪」シリーズ第6部 (ハヤカワ文庫FT)/ロバート ジョーダン
黒竜戦史〈4〉太陽の宮殿―「時の車輪」シリーズ第6部 (ハヤカワ文庫FT)/ロバート ジョーダン
黒竜戦史〈5〉白い塔の使節―「時の車輪」シリーズ第6部 (ハヤカワ文庫FT)/ロバート ジョーダン
黒竜戦史〈6〉新アミルリン位誕生―「時の車輪」シリーズ第6部 (ハヤカワ文庫FT)/ロバート ジョーダン
黒竜戦史〈7〉黒い塔の戦士―「時の車輪」シリーズ第6部 (ハヤカワ文庫FT)/ロバート ジョーダン
黒竜戦史〈8〉竜王奪還―「時の車輪」シリーズ第6部 (ハヤカワ文庫FT)/ロバート ジョーダン
2002年3月~2002年10月