『深川芸者殺人事件』〈耳袋秘帖4〉(だいわ文庫版) | 手当たり次第の本棚

『深川芸者殺人事件』〈耳袋秘帖4〉(だいわ文庫版)


江戸で女遊びをしようといえば、吉原、各所の岡場所、四宿、あるいは足を伸ばして大山参りの帰り道精進落としで……というのが、定番のようだ。
それぞれい違う味わいがあるのだろうけど、やはり一番に名前があがるのが、官許の遊郭である吉原だろう。
実際、吉原はいろいろな飯豊別格のようだ。

もちろん官許の遊郭というのが、まず江戸界隈ではここ一カ所だけ。他は、黙認またはもぐりということになる。
たとえば有名な四宿にしても、瞑目は「飯盛り女」(ウェイトレス)で、建前としては春をひさいではいけないということになっている。
もうひとつ、ここは、兵に囲まれた「別天地」だった。
吉原だけのしきたりがあり、行事があり、言葉もいわゆる「ありんす言葉」を遊女が使っていて、これはどこのお国なまりでもない吉和r独特の言葉だそうだ。
創立の時に、島原遊郭をモデルにしたと言われているが、それより更に発展して、「非日常の異世界」を創り上げたのが吉原だ。
当初、それがいかに夢を売る街をめざしていたかというあたりは、小説だと、『吉原苦界行』などが名高いだろう。

しかし、ここでは、もはやそういう姿は過去のものとなってしまった、という形であらわれる。
但し、過去といっても、わずか一世代もたたない前の過去。
だからこそ、台頭してきた深川との勢力争いなんて話が成立するんだね。
今に伝えられる吉原と深川は、同じ遊所でも、雰囲気は真逆だ。

主人公である根岸の恋人が深川芸者の売れっ妓であるから、物語もおおむね深川視点で語られるが、事件の背後にいる者たちがすがる吉原の夢の残骸が、美しくも哀しい。
これとて、すぐ過去にあたるものなので、ますますそう感じるのだろうが、事件の解明にあたり、「いま現在」の吉原を描くことで、さらにこれが際立つわけだ。

ストーリーそのものは、最初からかなり怪奇仕立てだ。
もちろん、これもちゃんと仕掛けは解明されるおだが、それでも、夜、川辺、流れてくる人形、呪いめいた言葉、とここまでえかなり、「うわあ」。
そしてまず力丸が、さらには栗田の新妻まで行方不明になってしまう。
途中で巻を置けない推進力もある語り口だ。


耳袋秘帖 深川芸者殺人事件 (だいわ文庫)/風野 真知雄
2007年7月15日初版